パナマコーヒーとの出会い

父の経営する貿易会社が、具体的にパナマから何を輸入していたのか定かではありません。

また、世界中の多くの海運会社がそうであるように、便宜上船籍をパナマに置いていただけ、かもしれません。

ただ、子供の頃から私の頭の中では、家にあったコーヒーミル、帽子、そして父の船が、「パナマ」という言葉と一体となって、記憶に焼き付けられていたようです。

後年ずっと、私はパナマという名前を聞くたびに、パナマ帽をかぶった人が歩く、船の行きかう街、そして美味しそうなコーヒーを勝手に連想していました。

(注: パナマの皆さん、ごめんなさい。ちなみに、パナマ帽をかぶっているパナマ人を、私は未だ見たことがありません。かぶっているのはほぼ観光客かお店の人です)

最近気づいたことの一つですが、パナマといえばコーヒー、とすぐに結びつく方は、私が思っているほど多くないようです。(コーヒー関係者を除きます)

あるいは私の勝手な記憶のこじつけであったかもしれません。

しかも、父の時代にパナマのコーヒーが、どれほど世の中に出回っていたのか、喫茶店にブラジルやキリマンジャロのように、はたしてそれがメニューにあったのか、まったく記憶にありません。

いずれにせよ私の中では、パナマといえばコーヒーだったのです。

はじめてパナマに行ったときも、まずは本場のコーヒーを体験しよう、と思いました。

いえ、他のものは特に思いつかなかったのが正直なところです。

そして、パナマに着くなり、両手を広げて迎えてくれた友人と食事をしながら、彼がコーヒーの話を始めたのも、私にとって、ごく自然な流れだったのです。

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